第24回介護弁護士コラム 高齢者虐待防止法における通報義務と施設の対応

「先輩スタッフが利用者さんに少し強い口調で話しているのを見かけたけど、注意すべきか迷ってしまった」「ほかのスタッフから『○○さんが食事を無理やり口に押し込んでいた』と耳打ちされたが、どう対応すればいいかわからなかった」――こうした場面に直面した経験をお持ちの管理者の方は、少なくないのではないでしょうか。介護の現場では、身体的な暴力だけでなく、大声での叱責や食事の強要、おむつ交換の放置といった行為が「虐待」にあたりうることを、スタッフ全員が十分に理解できているとは限りません。

一方で、管理者としては「内部の問題を外に出すと施設のイメージが傷つくのでは」「行政に報告したら処分を受けるのでは」といった不安から、対応をためらってしまうことも少なくありません。しかし、こうした迷いが重大な事態を招いてしまうリスクがあることも、また事実です。

今回のコラムでは、高齢者虐待防止法(正式名称:高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律)が施設職員や施設長に対して定める通報義務の内容と、施設として取るべき実務上の対応策について解説します。

高齢者虐待防止法の「通報義務」とは何か

施設職員には「発見したら通報する義務」がある

高齢者虐待防止法は、虐待の主体を大きく「養護者(家族など在宅介護をしている人)」と「養介護施設従事者等(施設のスタッフ)」に分けて規定しています。施設のスタッフが虐待を行った場合、あるいはその疑いがある場合には、同僚や管理者を含む施設の職員は市区町村に速やかに通報しなければならないと定められています(同法第21条)。

重要なのは、これが「できる」ではなく「しなければならない」という義務として規定されている点です。発見者が一般の利用者や家族であれば努力義務(できる限り通報するよう努める)にとどまりますが、施設職員については法的な義務として明文化されています。したがって、「見て見ぬふりをした」「上司に伝えたが何も対応されなかった」という状況が続くようであれば、施設全体として法律違反の状態に置かれている可能性があります。

通報は「クビになるかも」と恐れなくてよい

「虐待を通報したら、職場で居づらくなってしまうのでは」と心配するスタッフもいることでしょう。この点について、高齢者虐待防止法は通報を行ったことを理由とした解雇その他不利益な取扱いを禁止しています(同法第21条第6項)。施設の管理者としては、スタッフが通報をためらわない職場環境をつくることが求められます。日頃から「気になることがあれば報告してほしい」というメッセージを発信しておくことが、早期発見・早期対応につながります。

通報義務を怠ることで生じるリスク

行政指導・指定取消しなど重大な処分につながりうる

虐待の事実を把握していながら通報を怠った場合や、組織的に隠蔽しようとした場合には、介護保険法に基づく行政指導や業務改善命令、最悪の場合には指定の取消し(いわゆる「営業停止」に相当する処分)に至る可能性があります。介護事業者にとって指定取消しは事業の存続に直結する極めて深刻な事態です。

また、虐待を受けた利用者やそのご家族から、損害賠償請求(民事訴訟)を提起される可能性もあります。施設側が「知っていたのに放置した」と認定されれば、賠償額が大きくなることも考えられます。さらに、悪質なケースでは施設管理者自身が刑事責任を問われる可能性も排除できません。

「虐待かどうか迷った」では済まされないケースもある

実務上よく聞かれるのが、「虐待かどうか判断できなかったので報告しなかった」というケースです。しかし、高齢者虐待防止法は「虐待を受けたと思われる」高齢者を発見した場合にも通報義務が生じると規定しています(同法第21条第1項)。つまり、確信がなくても「もしかしたら虐待かもしれない」と感じた段階で通報・相談することが法律上求められています。「グレーだから様子を見よう」という判断が、後々「知っていたはずなのに報告しなかった」と評価されるリスクがあることを、施設全体で共有しておくことが重要です。

施設として整えておくべき実務上の対応体制

内部通報・報告の仕組みを明文化する

虐待の早期発見と適切な対応のために、施設内でまず整備したいのが内部報告・通報のフローです。具体的には、以下のような仕組みを整えることが望まれます。

  • 虐待またはその疑いを発見した場合の報告先・報告手順を明文化したマニュアルの作成
  • 施設長や管理者が報告を受けた際の初動対応手順(事実確認・当該職員の業務からの一時外し・記録の保全など)の明確化
  • 市区町村や地域包括支援センターへの通報窓口と連絡先の把握・共有
  • 通報・報告を行いやすくするための匿名相談ルートの設置
  • スタッフへの定期的な虐待防止研修の実施と記録の保存

特に重要なのは、管理者が「見て見ぬふりをしない・させない」という姿勢を日常的に示すことです。研修の実施記録や報告書の保管は、万一行政調査が入った場合に施設側の誠実な対応姿勢を示す証拠にもなりえます。

通報後の対応も施設の責任として考える

市区町村への通報を行った後も、施設の対応はそこで終わりではありません。行政による調査への協力はもちろんのこと、被害を受けた利用者の安全確保と継続的なケアの見直し、加害とされた職員の処遇(就業制限・懲戒処分等)の検討が求められます。これらの対応を誤ると、二次被害の発生や労働問題(懲戒処分の無効を争う訴訟など)に発展する可能性もあります。

また、ご家族への説明・謝罪の対応についても、事実関係が確定する前に不用意な発言をすることで後の法的紛争を複雑にしてしまうケースがあります。こうした局面では、早期に弁護士に相談し、対応方針を法的観点から整理しておくことが、施設と利用者双方にとって適切な解決につながると考えられます。

おわりに

高齢者虐待防止法における通報義務は、施設を「追い詰めるためのルール」ではなく、利用者を守り、施設自身も誠実な対応を示すことで信頼を守るための仕組みとして理解することが大切です。問題が起きたときに「どう隠すか」ではなく「どう適切に対処するか」を迷わず判断できる体制が整っていれば、万一の場合にも施設としての誠実さを示すことができます。

虐待防止マニュアルの整備や職員研修の設計、行政対応・利用者家族への対応方針の策定など、日常的に法的観点からのサポートを受けることで、問題の芽を早期に摘み取ることが可能になります。「何かあってからでは遅い」という意識を持って、ぜひ予防体制の構築を進めていただければと思います。

当事務所では、札幌を中心として、介護福祉業界に特化した顧問弁護士サービスを提供しています。利用しやすい安価なスタートアッププランもご用意しておりますので、これから法的観点からの予防体制を構築したいという方や、万が一に備えた相談先を確保しておきたいという方は、お気軽に当事務所までご相談ください。

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