「先月のサービス提供記録を見返したら、一部の利用者さんのサインが抜けていた」「担当ヘルパーが退職してしまい、当時の実績記録が曖昧になっている」――こうした経験をお持ちの事業所様は少なくないのではないでしょうか。日々の忙しい業務の中で、書類の不備や記録の漏れが生じてしまうことは、介護現場では珍しくありません。
しかし、こうした「うっかりミス」に見える記録の不備や、請求業務の慣行的な処理が、行政から「不正請求」と認定されてしまうケースがあります。悪意があってやったわけではないのに、事業所が深刻なペナルティを受けることになり、経営者の方が困惑されるという場面も少なくありません。
今回のコラムでは、介護報酬の不正請求に関して、「なぜ問題になるのか」「放置・発覚した場合にどのようなリスクがあるのか」「実務上どのように対応すべきか」について、わかりやすく解説します。
介護報酬の「不正請求」とはどのような行為を指すのか
不正請求として問題になりやすい具体例
介護報酬の不正請求とは、実際には提供していないサービスや、要件を満たしていないサービスについて、国民健康保険団体連合会(国保連)を通じて請求を行うことを指します。故意に架空のサービスを計上するケースはもちろんのこと、次のような「気づかないうちに起きてしまう」ケースも不正請求と認定される可能性があります。
- サービス提供記録(訪問記録・ケア記録など)が不完全なまま請求していた
- 資格要件を満たしていない職員がサービスを提供していたにもかかわらず、有資格者として請求していた
- 人員基準(職員の配置人数に関するルール)を満たしていない状態で加算を算定していた
- 実際の提供時間よりも長い時間でサービスを請求していた
- ケアプランに位置づけられていないサービスを提供・請求していた
特に加算の算定要件(サービスに上乗せして請求できる追加報酬のための条件)については、複雑で細かいルールが定められており、「知らなかった」「昔からそうしていた」という事情があっても、行政から指摘を受けることがあります。
「悪意がなくても」問題になりうる理由
介護報酬の請求は、介護保険という公的な制度に基づくものです。そのため、たとえ故意ではなかったとしても、請求の内容が実態と異なっている場合には、行政が返還を求めることができると法律上定められています。介護保険法では、都道府県知事や市町村長が事業者に対して帳票類の提出を求めたり、実地指導(現地での調査)を行ったりする権限を持っており、不正が認められた場合には厳しい対応がなされる仕組みになっています。
発覚した場合に事業所が直面するリスク
介護報酬の返還と加算金の負担
不正請求が発覚した場合、まず求められるのが介護報酬の返還です。不正に受け取ったと認定された金額について、返還が義務づけられます。さらに問題なのは、この返還額に加えて最大40%の加算金(ペナルティとして上乗せされる金額)が課される可能性があることです。たとえば100万円の不正請求があったとされれば、最大140万円の支払いを求められることになりかねません。
また、不正の程度や態様によっては、過去にさかのぼって長期間分の返還を求められることもあります。事業所の規模によっては、経営に深刻な打撃を与えるほどの金額になる場合も少なくありません。
指定取消・効力停止という最大のリスク
返還請求だけにとどまらず、不正請求が悪質と判断された場合には、介護事業者としての指定の取消し(事業所の運営許可を剥奪されること)や、一定期間の事業停止といった行政処分が行われることがあります。指定を取り消された場合、その事業所は介護保険サービスを提供できなくなります。
指定取消処分を受けると、以下のような深刻な影響が生じる可能性があります。
- 利用者への継続的なサービス提供ができなくなり、利用者・家族への対応が急務となる
- 職員の雇用維持が困難になる可能性がある
- 取消処分から5年間は新たな指定を受けられない期間制限がある
- 処分の内容が公表されることによる社会的信用の失墜
「うっかりミスが積み重なっていただけなのに、まさかここまでの事態になるとは思わなかった」という声は、決して他人事ではありません。早期に問題を把握し、適切に対応することが、事業継続を守るうえで非常に重要です。
実務上、事業所として取り組むべき予防と対応
日常的な記録管理と内部チェック体制の整備
不正請求のリスクを低減するためには、日頃からの記録管理と内部チェックの仕組みが欠かせません。具体的には、以下のような取り組みが求められます。
- サービス提供記録の徹底:訪問記録や介護記録は、その日のうちに正確に記入・確認する習慣を定着させる
- 請求前のダブルチェック:国保連への請求前に、サービス実績と請求内容を複数名で照合する
- 加算要件の定期的な確認:算定している加算の要件(資格・人員配置・手続きなど)が引き続き充足されているかを定期的に確認する
- 職員へのルール周知:現場スタッフが「なぜ記録が重要なのか」を理解できるよう、研修や勉強会を実施する
制度のルールは頻繁に改正されることも少なくありません。最新の算定基準や通知を把握しておくことも、予防の観点から重要です。
問題が発覚した場合の初動対応
万が一、自己点検や行政からの指摘により請求の誤りが発覚した場合には、早期の自主申告と適切な対応が、その後の処分の軽重に影響を与える可能性があります。発覚後に事実を隠蔽したり、記録を改ざんしたりすることは、行政処分や刑事責任(詐欺罪など)のリスクをさらに高める行為となり、絶対に避けなければなりません。
指摘を受けた段階で、弁護士などの専門家に相談しながら、事実関係の正確な把握と行政への対応方針を検討することが重要です。実地指導や監査の際にどのように対応すべきかについても、事前に準備しておくことが望ましいといえます。
おわりに
介護報酬の不正請求は、「悪意のある事業者だけの問題」ではなく、記録管理や加算算定の運用が積み重なる中で、気づかないうちに発生してしまうリスクをはらんでいます。日頃から適切な内部チェック体制を整えておくことが、事業所を守るうえで何より大切です。また、行政から指摘を受けた場合には、早期に専門家へ相談し、適切な対応をとることが、最悪の事態を回避するうえで重要なポイントになります。介護事業の現場は多忙を極めることが多く、法的なリスク管理まで手が回らないというお悩みをお持ちの方も多いのではないでしょうか。そうした場合には、ぜひ専門家のサポートをご活用いただければと思います。
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