介護弁護士コラム

第17回介護弁護士コラム 介護業界に多い労務トラブルとは?施設運営者が知るべき法的リスク

人手不足が引き起こす“見えにくいリスク”

介護業界における人手不足は、もはや一時的な問題ではありません。慢性的な採用難、定着率の低さ、現場責任者の負担増大――こうした状況の中で、現場は日々の運営を優先せざるを得ず、労務管理が後手に回ることも少なくありません。

しかし、労務問題は「現場の小さな不満」から始まり、ある日突然、未払い残業代請求や労基署対応、さらには訴訟へと発展することがあります。介護施設は利用者対応という公益性の高い業務を担う一方で、労働集約型の産業でもあります。そのため、労使間のトラブルが発生しやすい構造を抱えているのです。

今回のコラムでは、介護業界特有の事情を踏まえながら、施設運営者が押さえておくべき労務トラブルの実態と法的リスクについて解説します。

介護業界で多い労務トラブルの類型

長時間労働と未払い残業代問題

介護施設では、記録業務や申し送り、緊急対応などが日常的に発生します。本来は勤務時間内に処理すべき業務であっても、人員が不足している場合には、やむを得ず「サービス残業」の形で処理されてしまうことがあります。

また、タイムカード上は定時退勤となっていても、実際にはその後も業務を行っているというケースも見受けられます。こうした状況が積み重なると、未払い残業代として過去数年分を請求される可能性があります。請求額が数百万円規模に及ぶこともあり、経営に与える影響は決して小さくありません。

夜勤・シフトをめぐる紛争

介護業界特有の問題として、夜勤体制があります。夜勤回数が特定の職員に偏っていたり、急な欠勤対応として無理なシフト変更が繰り返されたりすると、不公平感や過重労働の問題が生じます。

シフトは現場運営上やむを得ない調整が必要ですが、労働契約上の合意内容を超える変更が常態化すれば、紛争の火種となり得ます。

ハラスメント問題

介護現場では、職員同士の人間関係だけでなく、利用者やその家族との関係も重要です。そのため、上司等によるパワーハラスメントやセクシュアルハラスメントに加え、利用者からのハラスメント、いわゆるカスタマーハラスメントも問題となります。

「利用者第一」の意識が強いあまり、職員の被害が見過ごされると、メンタル不調や離職につながり、さらに現場が逼迫するという悪循環が生まれます。

メンタル不調と休職・退職トラブル

業務の精神的負担が大きい介護現場では、うつ病などのメンタル不調による休職も少なくありません。その際の対応を誤ると、労災申請や安全配慮義務違反の主張へと発展する可能性があります。

なぜトラブルが深刻化しやすいのか

介護施設で労務トラブルが深刻化しやすい背景には、いくつかの構造的要因があります。

まず、「利用者が最優先」という文化が一つの要因となり得ます。介護施設では、利用者の方が快適に過ごせるよう配慮し、安全等を重視するのはとても大切なこと。しかし、他方で、現場は日々のケアで手一杯となり、職員の不満や制度上の問題が後回しにされがちになるという構造的要因が挙げられます。

また、小規模法人では、人事・労務の専門部署が存在しないことも構造的な要因となります。施設長や管理者がプレイングマネージャーとして現場業務と管理業務を兼務している場合が多く、法的リスクの把握が十分でないまま判断が下されることもあります。

さらに、感情的な関係性が強い職場であることも要因となります。理念や使命感で結びついた組織では、問題が顕在化するまで声が上がらないことも多く、いざ紛争化したときには感情的対立が深刻化しているケースも見られます。

放置した場合の法的リスク

労務トラブルを軽視した場合、次のようなリスクが現実のものとなります。

・未払い残業代請求
・労働基準監督署の是正勧告
・労災認定と損害賠償請求
・団体交渉や訴訟への発展
・SNSや口コミによる風評被害

特に介護施設は地域密着型の事業であることが多く、評判の低下は利用者数や採用活動にも直結します。採用難がさらに進むと、職員の負担もさらに増加するという悪循環を生みかねません。労務トラブルは、単に法的責任だけでなく、経営基盤そのものが揺らぐ危険性があるのです。

施設運営者が今すぐ見直すべきポイント

労務リスクを低減するためには、日常的な仕組みの整備が不可欠です。

たとえば、
・労働時間の客観的な把握
・シフト作成ルールの明確化
・ハラスメント相談窓口の設置
・就業規則の定期的な見直し
・管理職への労務研修
などです。

上記のような取り組みは、紛争の芽を早期に摘む効果があります。
重要なのは、「問題が起きてから対応する」のではなく、「問題が起きにくい環境をつくる」ことです。

顧問弁護士が果たす役割

労務トラブルが発生した場合の対応はもちろんですが、それ以上に重要なのは予防的な関与です。

初期段階での助言により、退職交渉や懲戒対応の方向性を誤らずに済むことがあります。また、規程整備や制度設計を通じて、将来的なリスクを構造的に減らすことも可能です。

介護施設における労務問題は、単なる法的問題ではなく、経営問題でもあります。外部専門家の視点を取り入れることは、経営の安定化に直結します。

おわりに

人手不足の時代において、職員は最も重要な経営資源です。その一方で、労務管理を誤れば、重大な法的リスクと経営リスクを招きます。

介護業界特有の事情を踏まえた労務管理体制の整備は、単なるコンプライアンス対応ではなく、持続可能な施設運営のための基盤です。

現場の負担を軽減し、職員が安心して働ける環境を整えることこそが、結果として利用者への質の高いサービス提供にもつながります。労使トラブルを未然に防ぐ視点を持つことが、これからの介護施設経営には欠かせません。

介護施設における労務問題は、現場の忙しさの中で後回しにされがちです。しかし、未払い残業請求やハラスメント問題は、ある日突然、経営リスクとして顕在化します。

重要なのは、問題が発生してから対応することではなく、発生しにくい体制を整えておくことです。就業規則の整備、シフト設計の見直し、ハラスメント対応体制の構築など、日常的な仕組みづくりが将来の紛争を防ぎます。

当事務所では、介護業界に特化した顧問弁護士サービスを通じて、労務トラブルの初期対応から再発防止策の設計まで一貫してサポートしています。

「今の体制で問題はないだろうか」
そう感じたときが、見直しのタイミングです。

まずは現状の労務体制について、お気軽にご相談ください。

TOP