第33回介護弁護士コラム 介護職員ができる医療的ケアの範囲と医行為の線引き

夜勤明けの朝、利用者さんの爪が伸びて皮膚に食い込みそうになっているのを見つけ、「看護師が来るまで待つべきか、自分たちで切ってよいのか」と迷った経験はないでしょうか。「軟膏を塗ってあげて」「血圧を測っておいて」「たんの吸引だけならできるよね」と、人手不足の中で現場から相談を受け、施設長として判断に悩むこともあるかと思います。

善意で行った介助が、実は医師や看護師などの資格がなければできない「医行為」に当たってしまうと、医師法違反を問われる可能性があります。さらに、事故が起きた場合には、施設が利用者やご家族から損害賠償を求められる可能性もあります。一方で、「何でも医行為だから」と過度に制限すれば、ケアが回らなくなってしまうことも少なくありません。

今回のコラムでは、介護職員ができる行為と医行為の境目、たん吸引・経管栄養の要件、違反や事故があった場合の施設の責任、そして施設として整えておきたい運用ルールについて解説します。

介護職員ができる行為・できない行為の境目はどこか

「医行為」とは何か

医行為とは、一般に、医師の医学的判断や技術がなければ人体に危害を及ぼす、または及ぼすおそれのある行為と解されています。医師法第17条は、医師でなければ医業を行ってはならないと定めており、無資格者が医行為を行うと、医師法違反として処罰される可能性があります。

ただし、すべての身体に触れる行為が医行為になるわけではありません。厚生労働省は、医行為に当たらない行為を通知で整理しています(平成17年7月26日付 医政発第0726005号など)。

具体的な行為ごとの目安

通知では、おおむね次のような行為は、原則として医行為に当たらないとされています。ただし、いずれも容態が安定していることなど一定の前提があり、個別の状況によって判断が変わる可能性があります。

  • 体温測定・血圧測定:水銀体温計・電子体温計での腋下や耳式の体温測定、自動血圧測定器による血圧測定は、医行為に当たらないとされています。
  • パルスオキシメーターの装着:入院治療の必要がない方について、皮膚を傷つけるおそれのない形での装着は含まれるとされています。
  • 爪切り:爪そのものに異常がなく、爪の周囲の皮膚にも化膿や炎症がなく、糖尿病などで専門的な管理が必要でない場合の爪切りややすりがけは、含まれないとされています。
  • 軟膏塗布・湿布貼付・点眼・坐薬挿入など:医師や看護師の指導のもと、容態が安定している方への服薬介助の一環として、一定の条件で認められています。ただし、褥瘡(床ずれ)の処置などは対象外と解されています。
  • 服薬介助:あらかじめ薬が処方・包装されている場合に、服用を手伝うことは認められる場合があります。一方、薬の量や種類を職員が判断して変更することは、認められないと考えられます。

これらは「誰でも自由にできる」という意味ではありません。状態が変化している利用者さんや、判断に迷うケースでは、医師や看護師に確認することが求められます。

たん吸引・経管栄養は研修なしで任せてよいのか

一定の研修と登録が必要な行為

たんの吸引(口腔内・鼻腔内・気管カニューレ内部)と経管栄養(胃ろう・腸ろう・経鼻)は、医行為に当たります。ただし、社会福祉士及び介護福祉士法の改正により、一定の研修を修了し、都道府県に認定された介護職員等は、医師の指示のもとで実施できる仕組みがあります。

施設側にも、事業者としての登録(登録特定行為事業者または登録喫茶業者の登録)が必要とされています。職員が研修を終えていても、施設の登録がなければ実施できない可能性があります。

放置した場合のリスクと体制整備

研修未修了の職員に「人手が足りないから」と吸引や経管栄養を任せた場合、職員個人だけでなく、指示した施設側の責任も問われる可能性があります。事故が起きれば、損害賠償や行政指導、場合によっては刑事責任に発展するおそれもあります。

実務上は、次のような体制が求められます。

  • 認定証を持つ職員の一覧を作成し、実施できる行為の範囲を明確にする
  • 医師の指示書、利用者や家族の同意書を整備する
  • 看護職員との連携体制や、緊急時の連絡手順を定める
  • ヒヤリ・ハット事例を記録し、定期的に見直す

違反や事故が起きたとき、施設はどんな責任を負うのか

想定される法的責任

無資格者による医行為が行われた場合、行為者個人に医師法違反が問われる可能性があるだけでなく、施設の管理者や法人も責任を問われる可能性があります。また、利用者さんに健康被害が生じれば、民法上の使用者責任(職員の行為について、雇っている側が負う責任)や安全配慮義務違反(利用者の安全を守る義務を怠ったこと)を理由に、損害賠償を請求されることも考えられます。

さらに、行政による指導や監査、運営基準違反として指定の効力に影響する可能性もあります。「現場が勝手にやったこと」という説明は、通用しにくいと考えられます。

事故が起きた場合の初動対応

万が一事故が発生した場合は、まず利用者さんの救命・安全確保を最優先にしたうえで、次の対応が求められます。

  • 事実関係を時系列で記録し、関係者から速やかに聞き取りを行う
  • ご家族へ誠実に説明し、必要に応じて市町村などへ事故報告を行う
  • 再発防止策を検討し、記録として残す

対応を誤ると、紛争が大きくなることもあります。早い段階で弁護士に相談することも、有効な選択肢です。

現場を守るために施設長が今日からできる運用ルール

「できること表」と判断フローの作成

現場が迷わないよう、施設として「介護職員が行ってよい行為」「看護師に確認が必要な行為」「行ってはならない行為」を一覧にまとめておくことが有効です。判断に迷った際の連絡先や、確認の手順もあわせて定めておくとよいでしょう。

研修と記録によるリスク管理

入職時や定期的な研修で、厚労省通知の内容を共有することも大切です。また、「誰が、いつ、何を、どの指示に基づいて行ったか」を記録に残すことで、万が一の際に、施設が適切に対応していたことを示す材料にもなります。現場の職員が安心してケアに取り組める環境づくりが、結果として施設を守ることにつながると考えられます。

おわりに

介護職員が行える行為と医行為の線引きは、通知を読んでも判断に迷う場面が少なくありません。人手不足の中で現場の要望に応えたい気持ちと、法令を守る責任との間で悩まれる施設長の方も多いのではないでしょうか。行為の範囲を整理し、研修・登録・記録といった体制を整えておくことが、利用者さんと職員、そして施設自身を守ることにつながると考えられます。

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