第26回介護弁護士コラム 利用者の転倒・転落事故と施設の安全配慮義務

「夜間巡回のときは異常がなかったのに、朝になったら利用者さんがベッドの横で倒れていた」「食堂からお部屋に戻る途中に転んでしまって、骨折してしまった」――こうした場面は、介護施設を運営していれば一度は経験したことがあるのではないでしょうか。どれだけ注意を払っていても、転倒・転落事故をゼロにすることは非常に難しく、日々の対応に頭を悩ませている経営者・施設長の方も多いことと思います。

そのような事故が起きたとき、ご家族から「なぜ防げなかったのか」「施設側に責任があるのではないか」とお叱りを受けるケースも珍しくありません。誠実に謝罪し、丁寧に説明したにもかかわらず、後日、損害賠償を求める通知書が届いてしまった、という経験をされた方もいらっしゃるかもしれません。

転倒・転落事故は介護事故の中でも特に件数が多く、法的トラブルに発展しやすい類型のひとつです。今回のコラムでは、利用者の転倒・転落事故をめぐる施設の法的責任(安全配慮義務)の考え方と、具体的な予防・対応策について解説します。

施設はどのような法的責任を負うのか

「安全配慮義務」とはどういうものか

介護施設が利用者と締結するサービス契約には、利用者の生命・身体の安全に配慮しながらサービスを提供する義務が含まれていると解されています。これを「安全配慮義務」と呼びます。難しい言葉に聞こえるかもしれませんが、平たく言えば「利用者が安全に生活できるよう、合理的な範囲で対策を講じる義務」のことです。

転倒・転落事故が起きた場合、「施設がこの義務を果たしていたかどうか」が法的な争点になることがあります。義務違反があったと認められると、施設側が損害賠償責任を負う可能性があります。具体的には、治療費・入院費・慰謝料・後遺障害に関する賠償金などが請求される場合があります。

「事故が起きた=施設の責任」ではない

ここで重要なのは、事故が発生したからといって、直ちに施設の責任が認められるわけではないという点です。裁判では、①施設側が事故を予見できたか(予見可能性)、②予見できたにもかかわらず適切な対策を怠ったか(結果回避義務違反)、この二点が問われます。

つまり、事前にリスクを把握しており、それにもかかわらず何も対策を取っていなかった場合には責任が認められやすく、逆に適切なアセスメント(状態評価)を行い、必要な対策を実施していた場合には、責任が否定される、あるいは軽減される可能性があります。日頃の記録や対応の積み重ねが、法的判断に大きく影響するのです。

転倒・転落事故で責任を問われやすい場面

リスクを把握していたにもかかわらず対策が不十分だったケース

法的トラブルに発展しやすいのは、施設側がリスクを認識していたことが記録などから明らかであるにもかかわらず、具体的な対策が講じられていなかったケースです。たとえば、次のような状況が該当することがあります。

  • ケアプランや申し送りに「転倒リスクが高い」と記載されていたにもかかわらず、センサーマットの設置や見守り強化がなされていなかった
  • 過去に同じ利用者が転倒したことがあったのに、事故後の対策が記録に残っていなかった
  • 歩行が不安定と評価されていたのに、夜間の見守り体制が薄かった
  • ベッドの高さ調整や離床センサーの活用といった基本的な対策が取られていなかった

これらは「知っていたのに何もしなかった」と評価されやすく、施設の責任が認定される可能性が高まります。

記録が不十分で対応の実態が証明できないケース

実際には適切な対応をしていたとしても、それが記録として残っていなければ、法的な場面では「対応していなかった」と同じ扱いになってしまうことも少なくありません。介護記録・事故報告書・ヒヤリハット報告書・カンファレンスの議事録などが適切に作成・保管されていることが、施設を守る重要な証拠になります。

「記録より現場優先」という現場の空気は理解できますが、記録の不備が後の法的トラブルで施設の首を絞めることになりかねません。日常的な記録の充実が、結果的に現場を守ることにつながります。

施設として取り組んでおきたい予防策

入居・利用開始時のアセスメントと定期的な見直し

転倒・転落リスクへの対応として、まず重要なのは個々の利用者のリスクを適切に評価し、それを支援計画に反映させることです。入居・利用開始時だけでなく、状態の変化があった際にも随時アセスメントを見直す仕組みを整えることが求められます。

具体的には、次のような観点でリスクを評価・対応することが考えられます。

  • 歩行能力・バランス機能の評価
  • 認知症の有無・程度と行動特性の把握
  • 服薬内容(睡眠薬・降圧剤など転倒リスクを高める薬剤の確認)
  • 過去の転倒歴の確認と原因分析
  • 環境面の整備(居室・廊下・浴室などの段差・照明・手すりの状況)
  • センサーマット・離床アラームの活用

これらを単に実施するだけでなく、実施した内容と判断の理由を記録として残すことが法的な観点から非常に重要です。

事故発生後の対応と記録の重要性

万が一、転倒・転落事故が発生した場合の初動対応も重要です。事故直後の対応が後のトラブルの拡大防止に大きく影響することがあります。

  • まず利用者の安全確保・医療機関への連絡を最優先にする
  • 事故の状況(発生時刻・場所・発見時の状態・その後の対応)を可能な限り詳細に記録する
  • ご家族への速やかな連絡と、誠実かつ正確な状況説明を行う
  • 行政への事故報告(都道府県・市区町村への報告義務)を適切に履行する
  • 再発防止策をカンファレンスで検討し、その内容を記録・実行する

事故後にご家族から説明を求められた際、事実と異なる説明をしてしまったり、記録との齟齬が生じたりすると、後に大きな信頼損失・法的リスクにつながる可能性があります。説明内容についても記録に残しておくことをお勧めします。

ご家族からクレーム・賠償請求を受けたときの対処

感情的対立を避け、早期に専門家へ相談を

事故後にご家族から強い感情的な訴えや損害賠償の要求を受けた場合、施設側が感情的に反応したり、場当たり的な対応を繰り返したりすることで、問題が複雑化してしまうことも少なくありません。

法的な問題に発展しそうな場合や、すでに弁護士からの通知書が届いている場合は、できるだけ早い段階で弁護士に相談することが重要です。初期段階での対応の誤りが後の交渉・訴訟において不利な結果を招くことがあるため、「まだ様子見でいいか」と判断を先延ばしにすることは避けた方がよいでしょう。

施設賠償責任保険の確認も忘れずに

多くの介護施設では、施設賠償責任保険に加入しているかと思います。事故が発生した場合には、速やかに保険会社に連絡し、適用の可否や手続きを確認することも大切です。弁護士費用を補填する特約が付いている場合もありますので、保険内容を今一度ご確認されることをお勧めします。

おわりに

転倒・転落事故は、どれほど丁寧に介護をしていても完全にゼロにすることは難しく、施設の現場が一丸となって取り組んでいても防ぎきれない場合があります。だからこそ、「万が一の事故が起きたときに施設がどう動いたか」が問われます。日頃からリスクを評価し、対策を講じ、その過程を記録として残しておくことが、利用者の安全を守るとともに、施設自身を守ることにもつながります。

法的な問題は、起きてから対処するよりも、起きる前に備えておく方が、コストも負担もはるかに小さくて済みます。「うちには関係ない」ではなく、「もしものときにどう動くか」を今から考えておくことが、安定した施設運営の土台となるのではないでしょうか。

当事務所では、札幌を中心として、介護福祉業界に特化した顧問弁護士サービスを提供しています。利用しやすい安価なスタートアッププランもご用意しておりますので、これから法的観点からの予防体制を構築したいという方や、万が一に備えた相談先を確保しておきたいという方は、お気軽に当事務所までご相談ください。

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