介護弁護士コラム

第28回介護弁護士コラム 利用者同士のトラブル・暴力への施設の対応義務

「また始まった……」と頭を抱えたご経験はないでしょうか。食堂での座席をめぐって言い争いになる利用者さん、同じ居室に入ろうとして押し合いになってしまう利用者さん、認知症の症状から他の利用者さんを叩いてしまう方など、介護施設の日常にはさまざまなトラブルが存在します。スタッフが間に入って何とかその場を収めたものの、「次にまた起きたらどうしよう」「もし怪我をさせてしまったら、施設として責任を問われるのだろうか」と不安を抱えている施設長・管理者の方は少なくないのではないでしょうか。

利用者同士のトラブルや暴力は、スタッフの目が届かない時間帯や場所で突発的に起こることも多く、完全に防ぐことは非常に難しいのが現実です。しかし、「仕方がない」と放置していると、施設が法的責任を問われる事態に発展することがあります。被害を受けた利用者やそのご家族から損害賠償請求を受けるケースも、実際に起こっています。

今回のコラムでは、利用者同士のトラブル・暴力が発生した場合に施設が負う可能性のある法的責任の内容と、日々の現場でどのような対応や体制づくりが求められるかについて解説します。施設経営者・施設長の皆様に、予防と対応の両面から参考にしていただければ幸いです。

利用者同士のトラブルで施設が責任を問われる理由

施設には「安全配慮義務」がある

介護施設と利用者との間には、サービス利用契約が締結されています。この契約関係において、施設側は利用者の生命・身体の安全に配慮する義務、いわゆる「安全配慮義務」を負うと解されています。安全配慮義務とは、簡単にいえば「契約している相手が安全に過ごせるよう、合理的な配慮をする義務」のことです。

この義務は、利用者が外部の第三者から危害を受ける場面だけでなく、同じ施設を利用する他の利用者から危害を受ける場面にも及ぶと考えられています。つまり、「利用者同士のことだから施設は関係ない」という整理は、法的には成り立ちにくいのです。施設として予見できたトラブルを未然に防ぐ手立てを怠ったり、トラブルが起きているのに適切な対応をしなかったりした場合には、被害を受けた利用者やそのご家族から損害賠償を求められる可能性があります。

「予見可能性」がポイントになる

もっとも、すべての利用者間トラブルについて施設が無条件に責任を負うわけではありません。裁判などで責任の有無が争われる際には、「施設がそのトラブルを予見できたか(予見可能性)」と、「予見できたとして適切な対応をとったか(結果回避義務の履行)」が重要な判断基準となります。

たとえば、過去に同じ利用者間でトラブルがあった記録がある、特定の利用者が攻撃的な言動をとりやすいと把握していたにもかかわらず、何も対策を講じていなかったという場合には、施設の責任が認められやすくなります。逆に、これまで問題行動が一切なかった利用者が突発的に暴力をふるったケースでは、施設の責任が否定される方向に働くこともあります。日頃から利用者の状態を丁寧にアセスメントし、リスクを記録・共有しておくことが、いざというときの施設の立場を守ることにもつながります。

放置・対応が遅れた場合に考えられるリスク

損害賠償請求・行政処分のリスク

利用者間のトラブルや暴力を把握していたにもかかわらず適切な対応をとらなかった場合、被害を受けた利用者やご家族から民事上の損害賠償請求を受ける可能性があります。請求される損害の内容としては、怪我の治療費・入院費、精神的苦痛に対する慰謝料、場合によっては後遺症に関する費用なども含まれることがあります。

また、施設の対応が著しく不適切と判断された場合には、都道府県・市区町村による行政指導や業務改善命令の対象となる可能性もあります。さらに、重大な事故として報道されるようなことになれば、施設のレピュテーション(社会的評判)への影響も避けられません。利用者の安全を守ることは、施設の信頼を守ることとも直結しています。

スタッフへの影響も見逃せない

トラブルへの対応が曖昧なまま放置されると、現場スタッフにも大きな負担がかかります。「また何かあっても自分たちがどう動けばいいかわからない」「トラブルの対応で自分が怪我をしたらどうなるのか」といった不安を抱えながら働くスタッフのモチベーション低下や離職につながることも少なくありません。施設全体で方針を共有し、スタッフが安心して動ける体制を整えることが、職場環境の改善にもつながります。

施設として求められる実務上の対応策

予防のための日常的な取り組み

まず重要なのは、利用者一人ひとりのリスクを把握・記録しておくことです。入所・利用開始時のアセスメントにおいて、認知症の症状の有無や程度、過去の暴力・暴言の履歴、特定の環境や人物への反応傾向などを丁寧に確認し、ケアプランや引き継ぎ資料に反映させましょう。情報がスタッフ間で共有されていなければ、リスクの把握も対応も後手に回ってしまいます。

また、相性の悪い利用者同士の接触を減らす工夫も有効です。食堂の座席配置、レクリエーションのグループ分け、居室の配置など、日々のケアの中で配慮できることは少なくありません。小さな工夫の積み重ねがトラブルの予防に大きく貢献することがあります。さらに、夜間や人手の少ない時間帯における見守り体制の強化、センサーやカメラの活用なども検討に値します。

トラブル発生時の対応と記録の重要性

実際にトラブルや暴力が発生した場合には、次のような対応が求められます。

  • 当事者の安全確保を最優先に:まず被害を受けた利用者の安全を確保し、必要であれば医療機関への受診を手配する。
  • 速やかな事故報告書の作成:発生日時・場所・状況・対応内容・関与したスタッフ名などを詳細に記録しておく。記録は後日の法的対応の根拠になります。
  • ご家族への適切な報告・説明:被害を受けた利用者のご家族はもちろん、状況によっては加害となってしまった利用者のご家族にも、事実関係と施設の対応を丁寧に説明する。
  • 行政への報告(必要な場合):重大な事故に該当する場合には、自治体への事故報告が義務付けられていることがあります。報告漏れがないよう確認しましょう。
  • 再発防止策の検討・記録:同じ状況が繰り返されないよう、カンファレンスを開いて対応策を検討し、その内容も記録として残しておく。

特に記録の充実は非常に重要です。後日、法的トラブルに発展した場合に、施設が誠実に対応していたことを示すもっとも強力な証拠となります。「記録がない=対応していなかった」と判断されかねませんので、手間でも必ず記録を残す文化を施設内に根付かせることが大切です。

おわりに

利用者同士のトラブルや暴力は、どれだけ丁寧なケアを提供していても、完全にゼロにすることは難しい問題です。だからこそ、「起きてしまったときにどう動くか」を日頃から準備しておくことが施設経営者・施設長として求められる姿勢ではないでしょうか。安全配慮義務を果たすための仕組みづくりと、万が一の際の適切な対応・記録の積み重ねが、施設と利用者双方を守ることにつながります。法的な観点から現状の体制を一度見直してみることをおすすめします。

当事務所では、札幌を中心として、介護福祉業界に特化した顧問弁護士サービスを提供しています。利用しやすい安価なスタートアッププランもご用意しておりますので、これから法的観点からの予防体制を構築したいという方や、万が一に備えた相談先を確保しておきたいという方は、お気軽に当事務所までご相談ください。

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